北海道日本ハムファイターズ

【2019年現在】怪我と引退…『斎藤佑樹』は開幕一軍/ローテを獲得できるのか。ここまでの投球成績を振り返る。

じょん(@fffff3434)です。

今回は、現在(2019年)から約13年前の「第88回全国高等学校野球選手権大会(2006年)」で早稲田実業を優勝に導いた投手『斎藤佑樹』に注目していきます。

じょん
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斎藤佑樹投手も今は30歳なのか、時の流れを感じるなぁ‥

 

早実を夏の甲子園大会で優勝に導いてからプロへ行かずに早稲田大学へ進学。その後は4球団による競合の末、ドラフト1位で北海道日本ハムファイターズに入団。

プロ2年目には開幕投手に指名され完投勝利を遂げるまでの華やかなプロ野球選手生活から、野球人生を脅かすような怪我、成績不振……栄光からの挫折を味わいます。

そして現在(プロ9年目) に至るまでの彼の野球人生を振り返ります。彼に一体何があったのか、世間からの印象とは全く違う斎藤佑樹投手の真実を探っていきたいと思います。

2006年夏甲子園優勝から始まった

ご存知の通り、斎藤佑樹投手は高3夏の甲子園大会で早実を「甲子園優勝」に導きます。また、投球回数と投球数で史上1位を記録。全7試合で69回948球投げました。

じょん
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7試合 × 9イニング = 63イニングなのにそれ以上?

 

なぜなら、甲子園の決勝戦は駒大苫小牧の田中将大投手(現在ヤンキース)と延長15回まで続く壮絶怒涛の投手戦を繰り広げた結果、決勝再試合が行われたからです。

つまり、斎藤佑樹は全試合の全イニングを投げたということになります。今振り返っても伝説級の記録です。もちろん、ドラフト1位候補として名前が挙がりましたが…

自分は人間としても野球選手としても未熟。大学に進んで成長したい」という理由から、高校卒業後にプロ入りせず早稲田大学進学の決意表明をしました。

一般的に考えても「早稲田大学」という大学ブランドは魅力的で、今振り返っても大学に進学するメリットも大きいのは事実です。

また、当時のドラフトには、大学生と社会人に球団の逆指名制度が設けられていたことも考慮されていたかもしれせん。渡米してメジャー挑戦する選択肢も当時は非現実的でした。

ちなみに僕は、斎藤佑樹投手の現状のプロ野球選手としての成績だけを見て、頭ごなしに当時の大学進学を否定するオジサンは大嫌いです。

じょん
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特にヤフコメ民は嫌だ

 

彼自身も「早稲田大学進学を選択したことに後悔は無い」と発言していました。大学生活で得られるものはたくさんありますし、実際にたくさんあったからです。以下に続きます。

【早稲田大学進学】斎藤佑樹の栄光

早実から早稲田大学に進学後、4月14日から始まった六大学野球春季リーグ戦の「開幕投手」を務め、勝利投手になりました。1年生春の開幕投手&勝利は80年ぶりの快挙です。

じょん
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とんでもない記録やで

 

「入学後、大学のオリエンテーションが終わって、そろそろ本格的な大学の講義がスタートする」と同時にデビューを飾っているということ。心も体も落ち着く間がありません。

また、優勝が懸かった早慶戦でも先発を任されて「リーグ戦優勝投手」にも輝きました。

<春季リーグ戦での成績(2007年)>

4勝(リーグ1位タイ)0敗 防御率 1.65(同3位)

 

もう一度言います。

斎藤佑樹さん、まだ大学1年生です。

大学生ドラフトの上位候補級の成績を”大学1年生の春“で記録してしまいました。その後も登板を重ねて、あらゆる大会で素晴らしい成績を残します。

【左股関節負傷】走り続けた代償。

心体休まる間もなく、彼は走り続けました。スターの宿命だったのでしょうか。あの時甲子園で優勝を遂げてから、大学でも広告塔として1年生の頃から休まず投げ続けました。

じょん
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その代償なのかもしれない‥

 

大学2年時に左の股関節を負傷しました。

股関節は投球するのに非常に大事な体の部位です。その後は左脚をかばうように投げる投球フォームになり、自慢の直球(ストレート)のノビが劣化してしまいました。

※この怪我はプロ入り後しばらくしてから本人が明かしたものです。彼曰く隠していたわけでは無かったものの、怪我を言い訳にしたくなかった思いがあり、自分から言い出すことはしなかったようです。

ですが彼にはキレのある変化球と制球力、ピンチで物怖じしない精神力という大きな武器がありました。その後も投げ続けた結果、大学4年間で通算30勝300奪三振を達成。

六大学野球史上6人目の快挙でした。

じょん
じょん
レジェンドがすぎるゾ

 

4年生の時の秋季リーグ戦では早稲田大学は優勝と果たし、第41回明治神宮野球大会でも1回戦から決勝戦まで登板し、同大会における早稲田大学の初優勝に大きく貢献しました。

早稲田大学の主将として「大学最後の年に大学日本一」という最高級の有終の美を飾りました。実力も運も素晴らしいチームメイトも持っている男こそ『斎藤佑樹』投手でした。

そして、プロ4球団競合の末、『北海道日本ハムファイターズ』への入団が決定しました。大学に入学してからも、この上ないほどの栄光なる野球人生を送り続けてきた結果です。

ちなみに、早稲田大学在学時に彼が書いた卒業論文のテーマは「スポーツの地方興行と観客動員の地方への経済効果」だったようです。

ファイターズの本拠地移転に伴う「北海道への経済的影響」について書いたようです。

ちなみに、ファイターズが移転後初優勝を決めた2006年、北海道の駒大苫小牧を破り、彼は甲子園優勝投手に輝きました。を感じてくれていたと思います。

【ドラフト1位指名】北海道日本ハムファイターズ入団

2011年4月17日に5回4失点(自責点は1)でプロ初登板初勝利を記録し、同期入団のルーキーの中で一番乗りの初勝利を記録しました。さすが、持っている男です。

その後も梨田昌孝監督の下、先発ローテーションの投手として起用されます。投球回はあまり稼げませんでしたが、ピンチを何度もくぐり抜けるメンタルの強さが光りました。

<プロ1年目の成績(2012年)>

19試合 107投球回 6勝6敗 防御率 2.69

プロ1年目としては、十分な好成績だと思います。

怪我する前の直球の勢いが無くなっていても、プロ野球界の一軍で活躍できたのは純粋に凄いことです。当時は低めへの徹底した投球と変化球のキレで勝負していた印象でした。

そして栗山監督就任後のプロ2年目(2012年)には、ダルビッシュが抜けた後の開幕投手を任され、埼玉西武ライオンズ相手に9回1失点の完投勝利を果たしました。

じょん
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持っているではなく背負っている男だった

 

当時、リアルタイムで彼の投球を見ていた僕は、地元北海道の高校を卒業し、関西の大学に進学するために1人で飛行機に乗って未知の土地で新生活を始める直前の出来事だったので、勇気をもらえました。

その後は、プロ入り初の完封勝利を遂げるなど、4月だけで3勝を記録してファイターズの開幕ダッシュ成功に大きく貢献しました。そしてチームもリーグ優勝も果たします。

2012年4月までの斎藤佑樹投手の活躍は実の華々しいものであり、現在までの全盛期と言えるかもしれませんね。ダルビッシュ抜けた後のチームを背負っていたエースでした。

 

しかし、6月以降は6戦連続で勝ち星から遠ざかるなど成績不振に陥り、7月後半に二軍で再調整を行うために出場選手登録抹消となりました。

その後は二軍でも一軍でも結果が出ず、日本シリーズではリリーフ登板を果たしましたが「2回2失点」の結果に終わるなど、1年目の2011年より成績を落としてしまいました。

<プロ2年目の成績(2012年)>

19試合 104投球回 5勝8敗 防御率 3.98

 

そして、彼の体には限界がきていました。

【肩関節損傷】選手生命を脅かす大怪我

斎藤佑樹投手は大学時代に股関節を故障した影響で、右肩に負担をかけるフォームで投げ続けました。アマチュア時代からプロ入り後まで長く休ませずに肩を使ってきたんです。

その結果、プロ1年目(2011年)に左内腹斜筋筋挫傷の怪我を負いますが、間もなく復帰。しかし、2年目の2012年に肩関節損傷という選手生命を脅かす大怪我を負います。

甲子園では全試合全イニング登板、大学時代の酷使も影響したのでしょう。過去には、斉藤和巳ウイリアムズ馬原孝浩など、多くの選手が同じ怪我で引退を決めています。

2012年(プロ2年目)シーズン終了後「手術かトレーニングによる自然治癒」の二択で自然治癒を選び、翌年(2013年)の登板は最終戦の1試合のみに終わりました。

<復帰後のプロ3年目の成績(2013年)>

1試合 4投球回 0勝1敗 防御率 13.50

正直、復帰できただけでも、驚くべき事実です。

復帰後は当時のような直球のスピードやコントロールが発揮できないのは分かっていたはず。この大怪我をきっかけに引退を決意してもおかしくなかったと思います。

その方が世間からの批判を受け続けることなく「惜しまれつつ引退」といった形に終わったかもしれません。引退した方が彼自身のメンタル的には楽になるかもしれません。

なぜなら、早稲田大学を卒業したという学歴はもちろん、大ブレイク時に一生過ごせるお金も得られているはずなので、人生のやり直しはいくらでも効きまくるからです。

◎その後の斎藤佑樹投手の投球成績

試合数投球回勝敗防御率
2014年6試合263勝1敗4.85
2015年12試合42.11勝3敗5.74
2016年11試合23.20勝1敗4.56
2017年6試合281勝3敗6.75
2018年3試合8.20勝1敗7.27

やはり、怪我を負ってから、成績は降下しています。

ですが、斎藤佑樹投手は、1人のプロ野球選手として、大怪我からの復帰を目指す至難の道を選びました。リハビリ期間を経て復帰し、そして今も懸命に努力を続けています。

じょん
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それなのになぜなんだよ‥

 

斎藤佑樹投手は本当に苦労の野球人生を送っているのにも関わらず、現在まで週刊誌やネットで叩かれることは多々。彼の言動に揚げ足を取り続ける悲しい暇人も多いです。

野球だけでなく、彼が甲子園優勝投手として輝いてからは非常識なマスコミに追い回され(恋愛面含めて)満足なプライベートも送れていないと思います。

また、ある騒動に考慮して、車も自分で買い換えたようです。さらばポルシェ。彼は決して、法的にアウトなことをしているわけではないのに……

【2019年】斎藤佑樹(30歳)の現在地

今年も一軍キャンプでスタートを果たしました。

【練習試合/オープン戦】斎藤佑樹投手の投球成績

下記の動画は、斎藤佑樹投手の今年(2019年シーズン)の実戦登板映像になります。

栗山監督から、2019年対外試合での開幕投手を任された中での初登板でしたが、動画を見てもらっても分かるように「2回無安打無失点」の好成績を残します。

じょん
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今年はなんだかやってくれそうだ(毎年思ってるけど)

その次に登板した楽天との練習試合でも「3回無安打無失点」の好成績を記録。いわゆるパーフェクトピッチングというやつです。YouTubeでの再生数もうなぎ登り(笑)

そして迎えた2019年実戦3試合目は阪神戦、甲子園球場でのプロ初先発登板でした。斎藤佑樹投手の栄光が生まれた甲子園球場での登板に球場は盛り上がりを見せていました。

伝説を残した甲子園球場にて、斎藤佑樹投手は「2回無安打無失点3奪三振」の投球を見せてくれました。ついに斎藤佑樹投手の覚醒は間近かもしれません。

開幕1週間前、栗山監督は起用方針について「(斎藤佑樹投手を)先発として見ている。先発に空きがなければ(中継ぎなどで)ロングの可能性もあるけど、短いのは考えていませんね」と話していました。開幕ローテーション入りも近いかもしれませんね。

今年(2019年)の斎藤佑樹投手の好調の理由

ここまで、彼の球を受けている「石川亮」捕手によると「今のボールは受けていて一番強いと感じる。ストレートもカットもベルトより下のコースに投げているのが打たれない要因。一時期はま真っ直ぐを動かしていくと高めにきて打たれていた」と語っていました。

斎藤佑樹投手自身、球速を失ってしまった直球を信頼できず、細かく動くツーシームに頼りすぎた結果の代償だったのでしょうか。

僕みたいな投手は2球3球インコースを使わないといけない」と言っている通り、今年はここまで内角への投球も目立っています。

金子千尋投手の加入も大きな要因?

ここまで合計7イニングを無安打無失点で抑えている秘訣として、オリックスから移籍してきた金子千尋投手の存在も大きいかもしれません。

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現状、斎藤佑樹投手は一軍確約の投手ではなく、熾烈な争いに生き残るために毎年調整が早くいことから、春先は好結果を残すシーズンが多いですが‥

その中でも、今年の斎藤佑樹投手は例年より下半身主導の投球フォームに見えます。甲子園で優勝した時や巨人のレジェンド「上原浩治」投手に近いかもしれませんね。

また、今年は「オープナー」という起用法も検討されており、斎藤佑樹投手が日本プロ野球界に新たな風を吹かせるかもしれません。素直に楽しみですね。

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もし斎藤佑樹が即プロ入りしていたら…

彼は「大学4年間で色々な経験を得られた。もちろん進学して良かった」と語っています。

しかし、もしプロ入りしていたなら(入る球団にもよりますが)高卒1年目の前半は、プロで通用するための投手として体作りの期間を得られたかもしれません。

北海道日本ハムファイターズでは、高卒でドラフト1位で指名された「ダルビッシュ有」投手や「大谷翔平」選手もそうしていました。他の選手もそうです。

阪神の藤浪晋太郎投手はプロ1年目春から投げ続けて、評判通りの素晴らしい成績を残しています。ですが、現状は、彼にとって苦しい状況。今一度、そこから始めてみてもいいかもしれません。

斎藤佑樹投手は、2019年に入団したドラフト1位高卒ルーキーで甲子園準優勝投手の「吉田輝星」投手に対しても『結構疲れるから、しっかり休むところは休んで。大変だと思うけど頑張って』と伝えていました。

所詮、結果論になりますが、高校時代に投げに投げまくった斎藤佑樹投手の肩を休めて、怪我しないような体作りをする期間が必要だったのかもしれませんね。

 

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僕は今後も斎藤佑樹投手を応援し続けていきます。彼の野球人生にあれ。もし野球選手を引退するなら、その後は杉谷拳士選手と芸人コンビを組んでほしいです()

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